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隠岐の子守唄  The Oki Islands lullab

2022 / 2024

Video 2’55”

制作協力:安部里子さま

翻訳協力:紺野優希さま

本作品は、島根県隠岐諸島の最も北に位置する五箇村に伝わる伝承歌「隠岐子守唄」を主題に制作しています。

私は、現在の境界地域の島々と朝鮮半島との関わりを調べている中で、隠岐島五箇村の村史に記載されている伝承歌の歌詞に「アチメ=아침=朝」「チョンナリ=좋은 날=良い日」などの朝鮮語が混じっていることに気づきました。

私は、2022年に「隠岐子守唄」の由来やメロディーを調べるため、隠岐へ向かいました。

しかし、村史に伝承歌「隠岐子守唄」の歌詞を寄稿した方はすでに亡くなっており、現地の歴史学者や歴史資料館、役場などでも「隠岐子守唄」を知る人がいないか聞き取りを行いましたが、手がかりはつかめませんでした。

唯一、老人ホームで聞き取りを行っていたところ、90歳のご老人が「母親が子供の頃に歌って聴かせてくれた子守唄の歌詞が、”隠岐子守唄”であったが、メロディは思い出せない。」とのお話を聞けました。

隠岐で多くの方に聞き取りを行った結果、「隠岐子守唄」のメロディーは継承されず、歌詞だけが残ったと判断し、この「隠岐子守唄」を新たに再興させることにしました。

「隠岐子守唄」を再興させるにあたり、隠岐民謡の作曲家・研究者であった故近藤武さんの娘さんであり、作曲家・歌手である安部里子さんにご協力いただき、「隠岐子守唄」に新たなメロディを付けました。

現在、この子守唄は彼女が隠岐で開催するコンサートなどで歌われ、新たな発展を遂げています。

作品の映像には、隠岐最北端に位置する朝鮮半島の言葉で「ヨボセヨ(夜母瀬来) =여보세요 もしもしなどの挨拶表現」と呼ばれる名が付いた岬や、神社の祠に残るハングルの文字など、隠岐と朝鮮半島の交流の跡が映ります。

 

隠岐と朝鮮半島は、海の海流の関係上古代から交流があったため、「隠岐子守唄」がいつの時代に作られたのかは定かではありません。

大正9年の国勢調査では、隠岐には既に13人の朝鮮人定住者がおり、植民地時代にウルルン島に渡った日本人の多くが隠岐出身であったということから、朝鮮から隠岐に定住した人々もいたのではないのでしょうか。

 

隠岐の子守唄の歌詞を見ると、古代の朝鮮半島と隠岐の人々がお互いの文化を受け入れながら、緩やかな交流があったことが分かります。

しかし、五箇村は竹島を抱える村でもあり、村にある竹島記念館は朝鮮半島との関係性における溝の象徴とも言えるでしょう。

本作品では、「隠岐子守唄」を歌い継ぐことで、朝鮮半島と日本列島の交流の歴史を後世に残し、異なる文化を持つ人々との対話や交流について再考するきっかけになればと考えます。

​字幕の表記について

(一段目)韓国語・朝鮮語と思われる単語のハングル

(二段目)村史に記載されていた歌詞

(三段目)1980年代に北朝鮮の言語学者 朴柄植氏が訳した現代語訳

(四段目)現代語訳の韓国語訳

 

本展で作品を再制作するにあたり、美術批評家であり、韓国の文化に精通されている紺野優希さまに韓国語翻訳をご協力頂きました。

韓国語翻訳をしていただくにあたり、紺野さまより歌詞「ドングリズニを光らして」の「ドングリズニ」は、現代にある言葉として当てはまるものはないが、音としては동글이 눈 ドングリヌン、日本語の意味で「丸々とした目」に似ていると教えて頂きました。

他にも、タアトさん、ホエリャ、も現代の韓国語にはありません。これらは、鮮半島から渡ってきた人々の言葉を隠岐の人々が口承していく過程で違う言葉になっていったのかもしれませんし、朝鮮半島の古語か、当時の朝鮮半島か隠岐の方言かもしれません。

今回は、その現代の言語に訳しきれない言葉に敢えて「(?)」と表記しました。その言葉が何を表しているかを考察することが当時の人々の生活や文化を紐解く鍵となるのかもしれません。

1.

(一段目)아침에         날이

(二段目)アチメ露分けて枝折りにナリ暮れりゃ

(三段目)朝に露わけて枝折りに日が暮れりゃ

(四段目)아침엔 이슬 맺힌 수풀을 헤치며, 나뭇가지를 꺾다가 날이 저물면

 

2.

(一段目)내일이 좋은 날이 달 떴다(???)  

(二段目)ネエリチョンナリタアトさん

(三段目)明日はいい天気 お月は上る

(四段目)내일은 좋은 날, 달도 떴다

 

3.

(一段目)なし

(二段目)杵爺の許に宿かりて

(三段目)なし

(四段目)키네 할아버지 집에서 하루 자고

*이 전래 가요가 기록되어 있다고 전해지는『이미자유래기(伊未自由来記)』라는 책에 따르면, 신라시대 진한에 살던 사람들이 오키 섬에 먼저 정착했다고 한다. 이들을 가리켜 ‘코노하히라’라고 하며, 노래에 나오는 ‘키네지’는 코노하히라 출신 어느 할아버지를 가리킨다. 이 책에서 언급된 역사는 현재 허구로 판단되어 있지만, 전래 가요의 출처와 가요에 한국어가 섞여 있다는 점에서 신뢰성이 있다.

*この伝承歌謡が載っていたとされる書物『伊未自由来記』によれば、木の葉比等と呼ばれる一族が、朝鮮半島の新羅から渡ってきて隠岐に定着したと言われている。歌詞にもある「杵爺」とは、この一族出身の爺をさしている。この本は信憑性が薄いと判断されているが、伝承歌謡の出典と韓国語と日本語が混在している点においては、信憑性があるとされている。

 

4.

(一段目)なし

(二段目)木の葉団子を貰うて

(三段目)なし

(四段目)코노하당고(나뭇잎 경단)를 받아

*코노하당고(나뭇잎 경단): ‘코노하히라’ 출신이 빚어 만든 당고(경단)로 알려져 있다. 실제로 메이지시대 중기까지 실제로 있었다고 전해진다.

*木の葉団子:木の葉比等一族が作ったとされる団子。明治時代中頃まで、実際にあったといわれている。

 

5.

(一段目)잘 자는 아들

(二段目)チヤアシヤアアドリに負わして

(三段目)よく寝る男の子に負わせて

(四段目)자 자는 아들에게 챙겨 주면

6.

(一段目)  산곡   괜찮아

(二段目)枝折のサンゴク ケンチヤアナ

(三段目)枝折りの山谷 何でもない

(四段目)나뭇가지 꺾던 산곡도 괜찮아

 

7.

(一段目)なし

(二段目)ネンネの子よ団子の子

(三段目)ねんねの子よ 団子の子

(四段目)잘 자라 아들아, 당고(경단) 아이

 

8.

(一段目)보여줄까(???)

(二段目)ホエリャ杵爺が髭の中

(三段目)見せようか 杵爺が髭の中

(四段目)보여줄까 키네 할아버지가 수염 속을

 

9.

(一段目)동글이 눈(???)

(二段目)ドングリズニを光らして

(三段目)雄牛のような目を光らして

(四段目)황소처럼 눈을 번뜩이며

 

10.

(一段目)なし

(二段目)白い歯出して笑ふぞえ

(三段目)白い歯だして笑うぞえ

(四段目)하얀 이를 드러내고 웃는다네

 

11.

(一段目)なし

(二段目)ダンマテねんねんせえよ

(三段目)だまって ねんねせえよ

(四段目)조용히 잘 자렴

 

12.

(一段目)なし

(二段目)此子は好い子だねんねんせ

(三段目)この子は良い子だ ねんねせ

(四段目)아이야 착하구나, 잘 자렴

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